2012年5月26日 (土)

ある元編集者の死

5月9日、一人の元編集者が亡くなりました。
1925年(大正14年)生まれの86歳。

本来ならば戦争へ行っている年代だけれども理科にいたことで回避。
終戦の日の玉音放送は東京で友達と聴いたそうです(ちなみに「敗戦」でなくて「終戦」。なぜなら、あの時にはなんでもいいから終わって欲しかったから、終戦というのはその時の気分に合っている。そしてもう一つ、「敗戦」と言うと、「もう一度やって勝ちたい」などという連中が出てくるから「終戦」でいいと言っていました)。
イギリス皇室がキングス・イングリッシュを喋るのだから、日本の皇室もきっときれいな日本語を喋るのかと思っていたら、初めて聴いた天皇の声は神主のようで、それで天皇という憑き物が落ちたそうです。

学生時代は演劇をやっており、文学座演出部におりました。
1925年に大学を卒業して中央公論社入社。
この年の同社の採用は一人だったらしく、あとは不合格。その不合格組の一人に現在、読売新聞社の主筆を務めている方も混じっていたそうです(後に彼は自分が落ちた会社を買ったわけです)。

中公では、主に雑誌畑が長く、中央公論、婦人公論、週刊公論を行ったりきたり(当時は電通の肝入で作られたそういう雑誌があったのです)。出版部は少しだけ。
婦人公論時代は伊藤整の『女性に関する12章』を企画。これは単行本になってベストセラーになりました。
また、中央公論新人賞が創設された時にその担当となり応募作品の一遍である深沢七郎著『楢山節考』を最初に読みました。当時の中公新人賞の選考委員は伊藤整、武田泰淳、三島由紀夫。全員一致で第一回の新人賞は深沢七郎に決定。

本人曰く、「中公時代はバカつきだった」。
戦後民主主義を信奉し、久野収、鶴見俊輔、藤田省三氏ら錚々たる方々の知己を得て、中央公論本誌の中核メンバーとして60年安保を経験。
しかし、深沢七郎の『風流夢譚』を中央公論が掲載したことから運命の歯車は狂い、1963年に中央公論社を退社(その後、中央公論本誌の編集路線は、それまでと真逆の保守路線へと転換)。
以後、東京12チャンネルを経て河出書房へ。
ところが河出新書の企画を練っている最中に同社は会社更生法を申請。再び退社。
その後、鹿島建設の子会社である鹿島出版会に移り、定年。

以後は自宅で本を読み、ワープロ、パソコンで何がしかの原稿を執筆。
86歳で使用していたパソコンはMac Book。Gmailのアカウントを持ち、facebookにも登録。Gmailでビデオチャットぐらいはできる年寄りでした。

先月から人工透析を始めたけれども、それ以外は問題なし。
闘病の「と」の字も介護の「か」の字とも無縁で、常に高い知性を維持して本を読み、あるいはドイツ語の勉強をしていました(ノートにドイツ語の単語を書き連ねて、その意味を書いていた)。
光文社の古典新訳文庫のリリースを心待ちにして、これが出ると購入して読んでは、他の翻訳と比べてみたり原文をあたってみたり。

そうした日々が亡くなるその日まで続き、タバコは日に数本(医者に本数を抑えられていた)、酒は自由に飲んでいました。
5月9日は、7回目の透析の日。朝、自分でアマゾンで注文した衣類を受け取り、朝食を「食べ過ぎた」というぐらいに食べて、近所のクリニックへ。
自宅は団地の9階。玄関を出てエレベーターに乗った直後に倒れて7階で乗ってきた人に発見された時にはすでに意識はなかったとのこと。
あっという間の大往生。
100人に聞けば100人ともが、そういうふうに死にたいというのではないかと言うような、いわゆるピンピンコロリのピンコロという死に方。

私の父、京谷秀夫の一生はそんな形で終わりました。
今ごろはあちらの世界で、深沢さん、久野さん、藤田さんとの再会を果たしていることでしょう。

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京谷秀夫 著『一九六一年冬「風流夢譚」事件』
著者紹介&立読み版!

※以下は父が1970年に書いた河出新書の企画書です。
なかなかの力作で、貴重な資料なので、ここに公開してみます。
現在、河出書房新社には新書のラインがありますが、これは河出書房時代の企画書で、残念ながら日の目は見ませんでした。
ちなみに、私の手元には、これ以外に、父を含めた各部員が同じペラ1枚の用紙に1本の企画を書いた企画書が70本以上ありますが、今の河出書房新社の新書とは方向性がまったく違うようです。

「河出新書」企画書

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2011年12月14日 (水)

「マガジン航」に「幻の小説「風流夢譚」を電子書籍化した理由」を寄稿しました。

「マガジン航」のサイトに「幻の小説「風流夢譚」を電子書籍化した理由」というタイトルで寄稿しました。見出しは、

・電子書籍のラインナップに感じた“すき間”
・3.11後にブログの電子書籍化に着手
・「風流夢譚」と現在の日本を結ぶ線

となっています。最後の項目については、「風流夢譚」と原発、東電について感じたことを書いてみました。
是非、ご一読いただければ幸いです。

・マガジン航
幻の小説「風流夢譚」を電子書籍化した理由

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2011年12月12日 (月)

深沢七郎・若月俊一 対談

「風流夢譚」3部作の完成を記念というわけでもありませんが、以下に深沢七郎氏と若月俊一氏の対談の一部をご紹介いたします。

若月俊一氏は2006年に96歳でお亡くなりになりましたが、長野県の佐久総合病院の元院長で、いわゆる「農村医学」を確立した地域医療の草分けです。
長野県はこの若月氏、そして諏訪中央病院の今井澄氏(故人)という地域医療の先駆者を輩出した地域で、その精神がいまも鎌田實氏や松本市長の菅谷昭氏に引き継がれているものと思います。

私は若月先生には一度だけお目にかかったことがあり、そのために佐久総合病院へ足を運びました。
元来が病院嫌いなタチですが、「この病院なら、イザという時に入ってもいいナ」と思ったことを記憶しています。

さて、今回ご紹介するのは1977年8月の「すばる」30号に「生きざま死にざま 医学と文学の現場から」というタイトルで掲載された対談ですのごく一部ですが、下記の『豊かな老いをつくる <若月俊一対話集 3>』に収録されているものなので、是非、ご興味のある方は是非、お読みください。深沢氏の他にも非常に興味深い対談相手が並んでおります。


深沢七郎・若月俊一対談

書名:風流夢譚
著者:深沢七郎
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書名:一九六一年冬「風流夢譚」事件
著者:京谷秀夫
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書名:『風流夢譚』事件以後 編集者の自分史
著者:中村智子
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※なお、「『風流夢譚』事件以後」以外はボイジャーストア以外でも販売しております。対応書店はこちら

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2011年12月 9日 (金)

「Sony Reader Store」様のトップページに弊社の本が掲載されております

今月より取り扱いを始めていただいた電子書店の一つ、Sony Reader Store様のトップページで、現在(12月9日13時現在)、弊社の書籍三冊がトップページに掲載されております。

まず新刊のコーナーに「戦後日本の思想」。
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そして、「スタッフのおすすめ」に「風流夢譚」、そして「一九六一年冬「風流夢譚」事件」の二冊となっております。
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是非、ご覧いただければ幸いです!

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2011年12月 7日 (水)

「愉しむ山歩き 百の道標」、「『風流夢譚』事件以後」が発売になりました!

前エントリーでご紹介いたしました荒川じんぺい著「愉しむ山歩き 百の道標」、そして前々エントリーでご紹介いたしましたがボイジャーストアにて先行発売されました。

荒川じんぺい著
「愉しむ山歩き 百の道標 出かける前に読む登山の知識」
ボイジャーストアは→こちら

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中村智子著
「『風流夢譚』事件以後 編集者の自分史」
ボイジャーストアは→こちら

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なお、紀伊国屋ブックウェッブ、ソニーリーダーストアなどでは、12月16日からの発売となります。

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2011年11月26日 (土)

志木電子書籍からのお知らせ ~ 「風流夢譚」3部作について

弊社では、今月、深沢七郎著「風流夢譚」、そして関連書籍として京谷秀夫著「一九六一年冬「風流夢譚」事件」をリリースいたしました。
そして、すでにご案内しておりますように、もう一冊、関連書籍として「『風流夢譚』事件以後 編集者の自分史」を来月初旬に刊行いたします。
この「風流夢譚」3部作(と個人的に呼んでおります)が完結した時点で、「なぜ、いま「風流夢譚」なのか。そしてなぜ、このような企画を考えたか」ということについて、マガジン航さんに寄稿する予定になっております。
原稿掲載時はご案内をいたしますが、是非、こちらもお読みいただければ幸いです。
また、お読みいただいた感想等ございましたら、

shiki.digital.books+info@gmail.com

あてにお送りいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。

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2011年11月11日 (金)

本日18時から深沢七郎著「風流夢譚」を発売いたします

本日、18時よりボイジャーストアにて、深沢七郎著「風流夢譚」の発売を開始いたします(URLは発売時に再度、ご案内いたします)。

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この短編小説は1960年12月号の雑誌「中央公論」に一度だけ掲載されて以降、海賊版以外で活字化されたことはありません。
それは、この小説中における皇室表現が大きな問題となり、結果として死傷者が出るまでに至ったからです(嶋中事件)。
今回、弊社ではこの50年前の中央公論を底本として、「風流夢譚」を復刻いたしました。

東京電力福島第一原子力発電所が破局的な事故が起き、その被害規模はすでに未知の領域に入っているにもかかわらず、なお暴動が起きることもなく、国会や東京電力の周囲を群衆が取り囲むこともない現在の日本において、この短編小説がどのように読まれるのでしょうか?
是非、ご一読いただき、感想をお寄せいただきたいと思います。

なお、この「風流夢譚」については、当時、中央公論の編集部に在籍していた編集者による著書が過去に2冊出版されています。
そのうちの1冊はすでに今週月曜日より弊社にて発売しております。

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書名:一九六一年冬「風流夢譚」事件
著者:京谷秀夫

また、中村智子著「『風流夢譚』事件以後」も12月に発売する予定です。

なお、12月の初旬以降、弊社の電子書籍はボイジャーストア以外の電子書店でも販売することとなり、これに伴い、ソニーリーダー、アンドロイド系スマートフォンなど閲覧可能なディバイスも一挙に増えますが、これについては、またご案内いたします。

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2011年11月 1日 (火)

新刊のお知らせ 〜 『一九六一年冬「風流夢譚」事件』

大変に久しぶりの更新になってしまいましたが、弊社の新刊のご案内をいたします(11月7日、発売予定)。

書名:『一九六一年冬「風流夢譚」事件』
著者:京谷秀夫
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「風流夢譚」とは、作家・深沢七郎氏が書いた短編小説で、1960年12月号の「中央公論」に掲載されました。
60年といえば安保闘争。もっとも、この時期にはすでに収束しておりましたが、それでも10月には日本社会党委員長の浅沼稲次郎の刺殺事件が起き、まだ世の中全体が騒然としていた時期です。
そうしたなかで掲載された「風流夢譚」は、その皇室表現が問題となり、中央公論社は右翼からの激しい抗議を受けます。そして明くる61年2月には中央公論社社長宅に右翼が押入り、殺傷事件が起きました(嶋中事件)。
「言論・表現の自由」は脆くも崩れて、暴力に屈していくジャーナリズム。
当時、その現場にいた元「中央公論」編集次長が、自らが喫した「敗北」を克明に記した痛恨のドキュメントです。

なお、「風流夢譚」は、海賊版をのぞけば「中央公論」の当該号以外で活字化されたことはありませんが、今回、弊社ではこの「風流夢譚」も近日中に電子書籍化を予定しております。
さらに、この事件に関して書かれたもう一冊の著書、同じく元「中央公論」編集部員である中村智子著『『風流夢譚』事件以後−編集者の自分史』も、電子書籍化いたします。
あわせてご期待ください。

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