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2012年4月15日 (日)

大泉黒石著
『山の人生 上』
著者略歴&立読み版

書名: 『山の人生 上』
価格: 525円

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著者: 大泉黒石(おおいずみ・こくせき/1893-1957)
    ⇒ウィキペディア「大泉黒石

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立読み版は、目次と本文の三節目にあたる「谷底の絃歌」です。
PDF立読み版の下に、テキストの立読み版もあります。
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立読み版『山の人生 上』

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【立読み版】

山の人生 上

大泉黒石

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  目  次

上越アルプス──三国山塊の横顔──
紅葉の中をゆく──片品川渓谷──
谷底の絃歌
銀山平の今昔
駒鳥の唄──鬼怒川渓谷──
六字の題目
秋の夜の旅
雪の中の浮世
雪橇は走る
利根の深渓──湯の小屋の一夜──
石塔を剃る──狸を食うまで譚──
鷲の復讐
蝮の缶詰

**********

  谷底の絃歌

 上州と岩代の国境尾瀬沼(おぜぬま)からの帰りだった。片品川渓谷老神(おいがみ)温泉、白雲閣の湯槽(ゆぶね)に浸りながら、私の道連(みちづ)れは、山の怪奇について各自の経験を語合うのだった。この道連れというのは、東京から来た登山家で、私とは片品川渓谷で知合ったのである。こういったのは私、
「これも山の怪異というものでしょうか、国立公園候補地になっている尾瀬沼」
「知っています」
「あれから沼山(ぬまやま)峠を越えて東へ一里の山中に、矢櫃平(やびつだいら)といって、摺鉢の底みたような熊笹の原がある。ここは源義家に追われた安部惟任(あベこれとう)一族が、はるばる奥州から利根へ逃げ込むときに、矢櫃、鎧櫃(よろいびつ)などを埋匿(まいとく)したというので、矢櫃平の名称があるんだそうですがね。不思議なことは、只今でもこの笹原に足踏み入れると、方角の見当がつかなくなって、立往生する。御承知の通り、山の中で頼りになるものは地図でしょう。それがですよ。持っている地図の文字や線が消えてしまって、いつの間にやら、白紙になっている。だからどちらへ行ったらいいか、サッパリわからず、迷いに迷いながら、やっとのことで笹原を脱け出て見ると、また、いつの間にやら元の地図になっているんだそうです」
「ほう。本当ですか?」
「さあ。どうですかなあ。そういう話を知っておれば、尾瀬沼を訪ねついでに、行ってみるんでしたが、山を下ってから聞いたので、本当か嘘かわかりません。山の人たち……樵夫(きこり)や炭焼などの説によると、これは正しく滅亡した安部一族の幽魂、ここに留まって、埋めし宝を護るためになす業である、というている。怖れて近づかないそうです」
「しかしこういうことがあります。私の知っている山の温泉宿の二階座敷に、近ごろ女の幽霊が出たり、真夜中になると、床の下から嬰児(あかご)の泣声がきこえる、という噂が立ったんです」
「なるほど」
「噂は段々ひろがって、その土地の新聞にまで書立てられるほど、有名になった。温泉場の人たちの話によると、その温泉宿は、もと部落の者の墓地だったところへ建てたんだそうで、墓地の持主の娘が旅(たび)商人(あきんど)の胤(たね)を宿して、女の子を生んだ。父親が怒って嬰児(あかご)を里子に出して終った。娘は気が違って淵に身を投げて死んだ。父親は家をたたんで他国へ行っちまった。その家と墓地を無代同様に買ったのが、温泉宿の主人で、墓地のそばに温泉が湧いているもんだから、墓地を取り払って宿屋を建てたんですな」
「ははあ。幽霊の出る下地はありますね」
「実際、何か出そうな陰気な家でしてね。建ててから二十年近くになるというから、家も傷むでしょうが、天井を見れば雨の汚点(しみ)だらけ、廊下を歩けばミシリ、ミシリ軋(きし)むんです。以前そんな悲劇があったし、家が家だし、幽霊が出たって不思議じゃないんだから、女の幽霊があらわれるの、嬰児(あかご)の泣き声がするの、とそんな評判が立つと、世間には物好が多いから、こいつァ面白い、嬰児の泣声なんざ、聞こえなくってもいいが、別嬪の幽霊にはお目にかかりたいもんだ、というわけで、温泉の効果(ききめ)なんかどうでもいい連中が、どしどし押しかけて行く」
「ほう。出ますか。幽霊」
「へへッ。出るもんですか!」
「出なくっちゃ、お客が承知しますまい?」
「承知するもしないも、宿屋の方では、別嬪の幽霊がサービスを致しますから、御入浴にいらッしゃいなんて、言ったわけじゃなし、広告したわけではないから、幽霊が出ようと出まいと、知ったことじゃありませんよ。お客は大抵田舎の人たちだから、幽霊が出なければ、日が悪いと思って翌朝帰る。気の長いのは泊り込んでいる。お蔭様で客のなかった宿が、満員の盛況です。逆宣伝も巧く当るとこの通り。幽霊が出るとか、嬰児が泣くとか、噂を立てさせて置いて、知らん顔をしている主人、頭がいいですな」
「ははははは」
「矢櫃平もその手ではないかと思うです。矢の根などが出るそうだから、埋蔵物か何か掘っている奴が、登山家よけの禁厭(まじない)に、地図が白紙になるなんて、途方もないことをね」
「なるほど」
「自分で経験しないことには判らんけれども」
「それはそうです。経験といえば、今度の旅行で私は実に奇怪な現象……というか何というか……あなたの言葉ではないが、これだけは自分の経験だから、実際なんです。四万(しま)温泉から三国街道をぬけるつもりで、入込んだ雨見山(あめみやま)の谷。道には迷うわ、日は暮れるわ、谷間を彷(さまよ)うていると、山の斜面に朽果てた山小屋があったから、野宿する気で入込んで、寝ちまいました」
「ふむ」
「夜中に目が醒(さ)めると、何でしょう。宵会の座敷で芸者が、三味線ひいて唄い騒ぐような賑やかな物音が、真暗い谷底から聞えて来るじゃありませんか! この山奥に料理屋でもあるまいし、不思議に思って聞いているうちに、賑やかな音はパッタリ絶えてしまった。私もまたウトウト眠りました。翌朝やっとのことで、三国街道へ出ました。一軒の掛茶屋(かけぢゃや)に寄りますと、夜半の一件を思い出したんで、茶屋の爺さんに話したところが、私が迷込んだ雨見の谷は、三十六年前までは炭焼部落だったそうで、炭焼男を客に、越後三俣(みつまた)の美人が五人、谷底に小さい紅燈(こうとう)の巷(ちまた)をつくっていたが、大雪崩で家は潰れ、彼女たちは惨死した。私が闇の底に聞いた三味線や唄声は、女たちの亡霊がなす業だろうというのです。話を聞いてからゾッとしましたよ。ははははは」

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