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2012年3月 6日 (火)

大泉黒石著
『人 生 見 物』
著者略歴&立読み版

書名: 『人生見物』
価格: 420円

Kenbutsu

著者: 大泉黒石(おおいずみ・こくせき/1893-1957)
    ⇒ウィキペディア「大泉黒石

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人生見物_立読み版


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【立読み版】

人生見物

大泉黒石

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   二

 アルトール・ショーペンハウエルの動機説(エテイシエレグルンド)によると、俺みたいなつむじ曲がりの男が時々鳴動するのも矢張り虫の精だそうだ。岩蛸の忠告には無頓着で小田巻立春斎に鳴動してやった訳はこうだから、勢い、親方の家に居るわけにもいくまい。当てはないけれども出て行こうじゃないかと言うと慌て者の万之助が、待っていましたと言わぬばかりに「痛快痛快。小田巻風情の没分暁漢(ワカラズヤ)にコキ使われるような手の筋は持ちませんと言ってやりゃよかった。出て行くなら一刻も早い方がいい。親方が戻ると面倒だからなア」と一人で勇み立ちながら、硯に墨を摺るのだ。何をやり出すかと思うと、貸本屋から借りた「義士銘々伝」の上表紙に『一筆啓上、長々お世話になったる我等両人、時来りて今日立ち退き申す。両人出世の暁には昔日の恩義に酬ゆるべく、別れに臨み固く誓い申す者也、御機嫌宜敷、伝兵衛殿』と書き殴って、仏壇の正面に押し立てた。そして「君、これでよかろうじゃないか」と言った。いいかも知れないが、親方に読めるかしらと心配すると、それだから君、このとおり平仮名さ、と澄ましていたが、大袈裟な男だ。万之助とはシベリアで別れたきり会わないから、平仮名の文句どおりに、昔日の恩に酬いたかどうか知らないけれども、親方の家を出ると間もなく、親方のことなんか曖気(おくび)にも出さないほど当てにならぬ万之助のことだから、本気にして待っていようものなら、とんだ馬鹿を見るのが落ちだろう。岩蛸が見たら噴き出すかも知れないと思いながら、ビール箱の家を出た。出た足で三河島の屠牛場へころげ込んだ。
 こう言うと、俺たちの親兄弟が牛の皮でも剥いでいるように聞こえるから、その辺の消息を明らかにする必要がある。けれども三年前に一通り書いた『俺の穢多時代』がそれだ。も一度くり返してもいいが、書けば穢多という言葉が出る。大泉黒石ともあろうものが、法律で禁じてある言葉を平気で使うとは何事だ。挨拶の次第によっては覚悟があると、三年前に水平社仲間に脅かされて面食らったこともある。親代々の水平ではないが、貧乏のお蔭で社員に選挙される資格は充分あるつもりだ。それ程馴染みの深い俺は何でもご承知だ、挨拶の次第によって肉切庖丁でも持ち込まれちゃ大変だから、屠牛場時代の話はやめた。折角だが今度もやめる。そして屠牛場からシベリアへ駆け出そう。シベリアへ行くならつてがあると万之助が俺を誘ったなんて先刻も言ったが、そういう事情で、出発の支度や路銀の工面をつけると大正七年十月がやって来た。これでは余りあっけないだろう。この節地方へ行くと俺は間違って文豪の候補者扱いにされるのだ。折角の好意なら候補者なんて心細い。何故いきなり文豪にしてくれないのかと思っているくらいだから、気の利いた立志伝の作者を見つけたら、この辺の記述を一つこういうふうに書いて貰おうと思っている。即ち「ナポレオンの望みなしと雖(いえど)も、後年に到って文豪の疑いある大泉黒石は、この時悟るところありて牛殺しの鉄の棒をガラリと投げ捨て、手足の血糊を洗い落として屠牛場を立ち去り、颯爽たる姿を東京発下関行三等の隅に現せり」と、このくらい誇張しないとやり切れぬ。その夜行列車のベンチに、相棒の万之助と二十四時間座っていたら、下関駅に着いた。赤い電灯のついている賑やかな地下道をぬけて桟橋へ出ると、真っ暗い足場を押したり押されたりしているうちに、関釜連絡船百済丸の下甲板へ出た。出たかと思うと、今度は忽ち荷物艙みたいな所に放り込まれた。田舎芝居の桟敷より窮屈で暗くて南京虫臭い畳床が、両側二段に仕切られている。愚図愚図していると満員になりそうだから、争って割り込んだ。靴と下駄を枕に、ひと先ず横になって落ちついて見た。何のことはない古箪笥の抽斗(ひきだし)から首だけ持ち出している形だ。明日の朝までこの穴の中に逼息(ひつそく)していなければならないとはウンザリだねと言うと、かりそめにも朝鮮へ渡ろうという者が、今から悲観するようじゃ仕様がないよ、と万之助が言った。その癖、波が少し高くなって船がゆれ出すと、真っ先に蒼くなったのがこの男なんだ。かりそめにも朝鮮へ押し渡ろうという者が、今からその有様じゃ、先が思いやられるなア、と言い返してやると、どうもこの、船なんて奴は僕の性に合いかねると見えて、このとおり頭がグラグラする、吐きそうだと弁解したもんだ。その弁解に付け加えて、何しろ海へ乗り出すのはこれが始めてなんだと言った。そして、船室を出ると翌朝まで降りて来なかった。甲板の上を夜っぴて歩きながら、玄海の波に落ちて砕ける星の光が、一つ一つ減っていくのを待っていたのだそうだ。黒み渡る山と山との間に、長っ細いトンネルみたいな釜山の桟橋の影を見ると、足をバタバタやって喜んだのだそうだ。そんなことは知らないから、一人でも減ると助かると思ってウンと手足を伸ばすと「痛い!」と怒鳴って跳び上がった奴があった。見ると、今しがた、荷物の陰に転がっていた朝鮮人の「チゲクン」が、いつの間にか万之助の席へ辷り込みに来ていたのだ。暗くてハッキリしないが、鼻はペシャンコで頭の裏が崖みたいな男だ。この朝鮮のオビンズルさんが、脾腹を押さえて顔を顰めながら、今にも俺に掴みかかりそうな権幕だから肝を潰した。
「どうしました?」
「あんたが私の腹を蹴ったんだ!」
「痛いかね?」
「痛い痛い」とまた脾腹を押さえ直したから俺が蹴ったんだろう。こんなときは大急ぎで詫るに限る。俺が喫いかけの金蝙蝠(ゴールデンバツト)を床の上に吐きすてて起き直ると、朝鮮のオビンズルさんがいきなりパッと拾い取った。そして旨そうに、スパスパと喫(ふ)かそうというのだから、拍子がぬけて気の毒になった。だから一箱分けてやると、もう脾腹の方なんか、どうでもよろしいといった格好だ。ニコニコと笑顔をつくって「どうも有り難う。あんたはどこまでいらっしゃるか」なんて覚束ない日本語で、反対(あべこべ)に挨拶した。おかしな男だ。俺がシベリアへ行くのだと答えると、オビンズルさんは目を丸くして言うのだ。「それは、あんまり遠いですなア。私の田舎の郭山(かくさん)でさえ、雪が降ったと言いますから。シベリアはもうよっぽど積もっていましょうなア」そこで俺が聞いてみた。「朝鮮はよく知らないのですよ。郭山てどの辺です?」すると彼は答えた。「定州(チヨンジユ)の一つ先きです」「その定州がわがらん」「明後日の朝、そこを通りますからご覧なさい」と彼が笑った。成るほど明後日の朝になると、郭山に着いた。禿地の真ん中に背負い投げを食ったような不景気なステイションがあって、オビンズルさんの兄弟みたいな朝鮮人が、プラットホームに固まりながら、物欲しそうな目つきで、汽車の窓を眺めていた。ここに十分間停っていると、釜山から乗り合わせた出征兵どもが、あんまり退屈なもんだから、正宗や弁当の食いかけを、窓から突き出して揶揄ったもんだ。おい! ヨボ! これをやるから、汽車の尻を押せやい! すると五、六人のオビンズルさんが線路へ躍り込んで、列車の尻を必死になって押した。出征兵どもが拍手喝采する。列車はビクともしない。弁当の食いかけはお預けだ。オビンズルさんは悄然として引き揚げた。駅長が笑っている。日本の兵隊は酷い悪戯をするものだと思ったが、この尻押し連の中に、下車したばかりの船友もいるんだから感心したことがある。この船友のオビンズルさんが万之助の席へ割り込んで、殆んどひと晩一人で饒舌ろうと言うのだ。眠くはあるが、眠ると南京虫にやられそうだから、無闇と煙草を喫(ふ)かして話を聞いているうちに、鼻の穴が笹子のトンネルみたいに真っ黒くなった。オビンズルさんの言うことは、よく解りかねるけれども、何だか一人の兄貴があって、この兄貴と郭山の田舎から釜山港へ出て来たらしい。そこで誘拐屋にだまされて、九州若松近在の石炭山に嵌められた。もっとも誘拐屋の手にかかって日本へ渡る朝鮮の労働連は、毎日八百人もあるそうだから、その組だろうと思って謹聴していると、つい二、三日前のことだ、五十人ばかりの坑夫がセッセと石炭を掘っている第何号かの坑に火が入った。空気を早く絶たなければ、何万か何十万の損害になるので、係の役人が、坑夫ぐるみに坑口を密閉したのだそうだ。火が消える時間を見計って、坑の口をあけると、五十人ばかりの坑夫が、坑の扉口まで這い寄ったまま、黒焦げになっていた。その中にオビンズルさんの兄貴がいたのだそうだ。俺も大抵のことはやったつもりだが、まだ坑夫の経験はないから、随分乱暴な真似をするもんだと、心中大いに驚いた。オビンズルさんの兄貴は何万円か何十万円かの、犠牲の一人になって焼け死んだわけだから、慰謝料の千や二千は寄越したろうと聞いてみたら、坑の大将が黙って十円札を一枚くれたと言った。粗末な命だ。それでは旅費にも足るまいと言うと、「全くです。郭山へ着くとお終いになります。でも日本にいるよりは安全です」と悲しげに呟いた。あんまり可哀想だから釜山へつくと、電車道のちっぽけなカフェーへ連れ込んでやった。万之助が陸軍省に勤めている知合いの役人から貰った金を二分して、旅費を差し引いても、この男を喜ばせるのに差し支えはないと思うから、朝飯を奢ってやるがどうだいと、船の下りぎわに万之助と相談すると、それもよかろうと言った。そのカフェーは三角路の釜山郵便局と向き合っている。後ろは街で前は丘だ。丘の上に憲兵分隊の看板が立っていた。卓子(テーブル)に腰かけて窓の外を眺めると、白衣の朝鮮人が桶を担いだり車を押したり、ウヨウヨ通る。粥の椀を抱えてツルツル啜りながら、天狗の団扇みたいな煙草の葉を売っている爺さんがいる。見すぼらしい電車がやって来ると、砂ぼこりが立って、煙草の葉が真っ白くなる。腰から下がひどく冷えるから、成るほど朝鮮は寒いなアと言いながら、万之助を見ると、いつの間にか手も顔も洗わずにパンを噛っているのだ。オビンズルさんがナイフを持って俺の合図を待っていた。だから、サア遠慮なく平らげてくれたまえと言うと、石のように固いパンを一分間で食いつくした上に、バタの皿を舐めてしまった。よっぽどひだるいのだろうと思った。「も一つ何か注文したまえ、ライスカレーがいいだろう」と俺が言った。するとオビンズルさんは、海老のフライにしましょうと言った。万之助がパンの中から驚きの目を見張って俺を見た。その海老のフライを片づけてしまって物足りない様子をしているから「も一つ注文したまえ、今度はライスカレーがいいよ。海老のフライなんぞ、いくら食ったって腹にこたえるもんじゃない」と言った。つづけざまに高い海老を食われてはたまらない。万之助が妙な目付きでまた俺を見るから、ハハア、奴さんヒヤヒヤしているのだと思いながら朝飯を片づけた。連絡車に乗ろうかひと休みしようかと、万之助が言い出した。こんなに疲れているから次の汽車にして、酒でも飲もうと俺が発起すると、すぐ賛成した。これからが不思議なんだ。オビンズルさんとは、カフェーの戸口で別れることにきめた。「大層にご馳走さまでした。ご機嫌よろしゅう」と朝鮮人がステイションの方ヘスゴスゴと出て行くのを待ち構えたように、万之助かムッとした表情で「おい君!」と言うのだ。「君は何だって、あんなヨボの野郎に、無闇と物を食わせるんだい?」だから俺はこう言った。「いいじゃないか、お互いさまだ」ところが万之助はますますムッとして「よかないよ!」と怒鳴った。「僕等は未だ他人(ひと)の世話を焼くような身分じゃあるまい!」

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