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『人 生 見 物』
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2012年3月 6日 (火)

岡庭昇著
『この情報はこう読め』
著者略歴&立読み版

書名: 『この情報はこう読め』
価格: 500円(税込)
3月中旬、刊行予定。

Johoi

著者: 岡庭昇(おかにわ・のぼる)
1942年生まれ。
慶應大学経済学部卒業後、TBSに入社。ドキュメント・ディレクターとして活躍する一方、文芸評論家としても多くの著作を出す。
原発、人権、差別、交通警察、ゴミ、在日外国人、学校教育などのテーマに切り込む一方、テレビ・ディレクターだからこそのメディア、ニュースの読み方を提示。
著書に、『飽食の予言』シリーズ、『この情報はこう読め』シリーズ、『メディアの現象学』『亡国の予言』『自己決定力』『メディアと差別』他多数。

『かくもさまざまな言論操作』『テレビ帝国の教科書 メディア・ファシズムの罠を見抜け!』は志木電子書籍より昨年電子化。


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立読み版は、「電子書籍版への序文」「目次」「汚染列島をどう生きるか 狂奔する消費者不在のコスト史上主義」です。
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この情報はこう読め_立読み版


【テキスト版】

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電子書籍版への序文
──このクソはこう読め!

 本書は一九八九年に青峰社から発行した。
 一九八九年と言えば、『天安門事変』という歴史的な反乱があった。わたしは魯迅に習って、こう書いた。
《学生が改革に乗りださなければならない社会は不幸だが、いかに頽廃しても学生が一声も上げない社会はもっと不幸ではないか》
 自らの限りない頽廃を顧みること抜きに、他国の青年たちの体を張った抵抗を賛美してもあざといだけではないか。まず鏡に映った己の醜態を知れ。
 公的な情報は、まずウソであると決め付けた上で、そこから思考すること。わたしの永年の主張を、誇張が過ぎると思っていた「和と常識の国」の人々は、二〇一一年の東京電力の醜態を眼前にして自分の方が非常識だと気付いたはずだ。
 公に流通している「制度としての情報」、つまり大陰謀から小陰謀までのクソをどう読み変えるか。どこかに真実をたっぷり含んだ「本当の話」が用意されているわけではない。本当の情報を知る良いルートがあるわけでもない。すべての手掛かりは、まさにそのクソの中にある。
 わたしがテレビの現役ドキュメンタリストだったそのころでも、何かツテがあって「この情報はこう読め」と言ったわけではない。テレビ局の報道マンなんて、いささかも情報のプロなんかじゃなくて、そのときどきの仕掛けに屈折も抜きに感情を同化するだけの無邪気な存在でしかないのだ。
 小沢一郎が悪人の代名詞のように扱われる現状は、二〇〇九年衆議院選挙のマニフェストがやはり官僚独裁やアメリカにとって確実に脅威だったんだな、と少し知恵のある者なら誰しも思う。ところがテレビや新聞報道は、本気で「小沢の犯罪」に怒っているらしいから恐れ入る。どうしてこんな幼稚園に、情報の読み替えのルーツなどがあろう。
 手掛かりは垂れ流されるクソの中にある。それは報道が自前で取材したものではない。だから多少は良心的であるより、思い切りウソっぽい方がかえって真実を(反転して)映している。その真実を読むのは、それを読み得る実力である。
 何の話でも同じだ。政治が駄目なのは、どこがなぜ駄目なのか見抜こうとしない自分のせいなのである。小沢が悪だとテレビが騒げばすぐそれを信じる人間が大半では、いつまでたっても良い政治などが「やって来る」わけがない。
 自分の頭で考え、常に公的情報以外の情報に接することや、思考はどのように多義的であるかを知ることで、自分を鍛え上げる。そのとき、クソはあなたの前で真実の鏡として輝くだろう。
 従って本書のタイトルは、正確にはこうである。
 このクソはこう読め!
 一九八九年に刊行して貰った内藤忍さんと二〇一二年に電子書籍として生き返されて下さった京谷六二さんに感謝する。

岡庭 昇

**********

 目  次

電子書籍版への序文
──このクソ情報はこう読め!

1 コスト至上主義ニッポンの風景
  ・汚染列島をどう生きるか
    狂奔する消費者不在のコスト至上主義
  ・知らしむべし 依らしむべからず
    墜落した日航機は放射性物質を積んでいた!?
  ・“暗い感情”からの脱却
    傲慢な都市生活者に呪いあれ
  ・資本主義ってなんだっけ
  ・ああ、官民一致協力してガン王国ニッポン!
    社会的責任を放棄するコスト・バカ
  ・傲慢なウソつきたち
    農産物輸入問題の中身
  ・“鬼畜米英”は正しかった
    “民主主義”と“自由”の国アメリカの幻影
  ・印象社会における権力の手法とは
    企業責任を問う者は逮捕する!

2 マスメディアの頽廃
  ・サラリーマンには自分に属する時間がないのか
    “大朝日”による本多勝一の執筆禁止令
  ・テレビ殺すに刃物はいらぬヤラセとひとこと云えばよい
    テレビ=ヤラセの宣伝に隠された本当のねらい
  ・客観報道という名のデマゴギー
  ・管理列島ニッポンの春
    『フライデー』的“スクープ”の手法
  ・法と秩序の奴隷たち
    浅薄な“実力行使”と警察に頼る“スキャンダリズム”
  ・活字人間がなんぼのもんじゃ
    自分を棚上げしてテレビ批判をする“作家”のレベル
  ・匿名報道によって誰が救われるのか
    記者クラブのあり方こそが問題
  ・テレビ批評は不毛地帯なり
    無責任なヨタをとばす“批評家”たち

3 日本社会のファシズム原理
  ・いよいよ広瀬隆攻撃がはじまった
    政治的な目的で流される脆弁の数々
  ・浜田幸一を断固支持する
    形式的な品位の裏にひそむ暴力的構造
  ・“合意のファシズム”について考える
    労働者への抑圧を固定化した「連合」の成立
  ・醜い国家と醜い民衆たち
    日本という暗い風土の暗い権力の体質
  ・ナカソネが高らかに笑う日
    恥知らずな健忘症社会の成立
  ・権力広報としてのスキャンダリズム
    黄色い白人の差別意識
  ・教育は闘争の中にある
    ワンチャン先生騒動記
  ・日本人はどこまで不感症たりうるか
    中畑攻撃に見る労組っぶし
  ・義務教育を廃止せよ
    管理という名の子供たちへの暴力

4 この情報はこう読め
  ・あまりに遠いアジア
  ・“しゃべりすぎる”社会と沈黙させられたままの事実
  ・“アジア人であること”への想像力
  ・国境はどのように越えられたか
    鎖国ニッポンを憫笑する豊かさ
  ・労働と権力にかかわる御参考までのバカ話
  ・法廷ファシズムの時代がきた
    発表ジャーナリズムの空洞化
  ・上海であらためて考えたこと
    “禁じられた歌”の紡ぎ出すもの
  ・鎖国日本人の対外感覚
    外務官僚は国民気質を代行する
  ・歴史に対する感傷と現状認識の欠落と
    歴史の握造を行うニュージャーナリズム
  ・裁判か茶番か
    矢沢美智子と裁判制度の詭計

  あとがき

**********

汚染列島をどう生きるか
狂奔する消費者不在のコスト至上主義

 『朝日新聞』八八年九月二〇日朝刊に、“トリクロロエチレン/汚染地下水で奇形金魚/千葉/体内、高濃度を検出”という記事が出ている。《発ガン物質の有機塩素系溶剤・トリクロロエチレンによる地下水汚染が問題になっている千葉県君津市で、汚染された井戸の水を利用していた池の金魚が「奇形」になったとして県衛生研究所と県内水面水産試験所が調べていたが、一九日、金魚の体内から〇・三四ppmという高濃度のトリクロロエチレンが検出されたことが明らかになった》(同)というものだ。この記事を読んで、金魚なんてもともと奇形ではないか、といった者がいる。たしかに、きわめて人工的な魚であることは歴史的な事実だが、それとこれとは話が別だろう。汚染された井戸水で飼われていたこの金魚は、体の表面にコブのようなものが多くでき、卵巣のう腫もできていた。
 かたわらに、“農薬が気化/一二〇人が被害/埼玉”という記事があるのも、何やら凄まじい。《畑の土中にまいた液体農薬が気化して流れ出し》、被害が出たというもの。まだ、こんなことをやっているのだ。
 また、それ以前に一六日の同紙には、“病死牛肉/都内でも食用に?/発送用段ボールを納品”という記事が出ている。かねてペットフード用の病死牛肉が、人間向けに大量に出回っていたことが大阪で明らかになり、調査が進められていたが、東京と岐阜にも送られていたことが明らかになったというもの。
 双方とも、人災による食=環境の破壊という点で、まったくおなじ事件と見るべきである。それにしても、まったく、よくもまあ、類似のケースが続々と出てくるものである。
 わたしは八八年九月二六日に、「これでいいか日本の食卓―汚染列島からの証言」を、放送したばかりである。まさに、汚染列島としか評しようのないところにこの国はきている。永年のGNP至上主義と、その支柱であるコスト主義体制がすっかり自然を破壊し、われわれの健康を危機にさらしている。たしかに、根っからコスト主義に囚えられた中年男性たちでさえ、半数が原発反対になったと報道されてはいるが、そしてそれはむろんいいことだが、その一面で、日常的な汚染と環境破壊を省みないのではなんにもならない。むしろ原発の賛否が大きく語られることが、身近な自然破壊に目を向けることを妨げてしまうなら、それほどの皮肉はあるまい。
 八六年の一二月、養殖ハマチの実態をテレビでレポートして、大きな反響を呼んだ。そのとき以来、一貫してわたしは、何が危険な魚で、何が安全な魚かというような“情報”にのみこだわっていたのでは、問題の本質を見誤ることになるだろうと、警告してきた。問題は、消費者を犠牲にすることによってのみ成立している生産体制、コスト切り下げのためならいかに危険なことをしても許されるという、この国の倒錯そのものにある。そのことをわたしは、「食べることによってみずからの身体を食べられるシステム」と呼んだ。
 放送のあと、八七年の二月、全漁連は大会をひらき、TBTOの使用をやめると発表した。それを、民間団体の決議なのに、水産庁の思惑どおり、“TBTO、使用禁止に”と報道した新聞もあった。
 そんなものはまるでウソっぱちだ、とわたしは番組でも、文章でも主張し続けてきた。TBTOは中枢神経を狂わせる薬品だから、ただちに使用禁止されるべきである。水産業界は、それを網に貝や海藻が着かないために使用している。ただちにやめるべきであるが、やめるにはやめるだけの準備が必要である。たとえば養殖の網を、亜鉛メッキの金属網に切り替えることだ。そういう準備にまったくとりかかろうとしていない。また大会の雰囲気は、あたかもわれわれの番組がウソをいっているかのような説明が幹部からなされ、関係者なら誰でも猛毒性を知っているTBTOを、無害な薬品のようにとりつくろったものだった。その上で、世間の批判を避けるため、とりあえず“発表”したのである。実行するわけがない。できるわけがない。
 案の定だった。八八年八月一〇日、環境庁が発表したところによれば、日本近海は全域にわたってTBTOに汚染されており、瀬戸内海に至っては、昨年の二倍の濃度になっている。瀬戸内海が、養殖ハマチや養殖タイの本場であることは、説明するまでもない。
 動かぬ証拠を映像化して、この、官民一体となった、あざとすぎる体制を告発しなければならぬ。いくらやっても、蛙の面にションベンだろうが、やりはじめた以上、ひとつの決着をつけなければなるまい。
 8ミリビデオを片手に、西九州に飛んだ。カメラクルーが大がかりに近づいたのでは、拒絶され、隠されるにきまっている。家庭用ビデオで、観光客を装って証拠の映像を撮影してやろうと思ったのだ。考えてみれば、自然が破壊されているという告発の映像が、美しくある必要はない。いや、美しくあってはいけないはずだ。ひるがえっていえば、テレビ画面の美しい整序性こそ、破壊された自然、汚染のなかの現実を見えないものとさせてきた元凶であるのかもしれない。
 簡単に“犯行現場”をおさえることができた。ロケ運もあるのだろうが、それほどどこでもTBTOを使っているということだろう。それにしても、東松浦で見つけた、TBTOの作業場はたいへんな規模だった。おりしも二人の漁民が、せっせとTBTOで網を染めていたが、どうやら一括請負方式になったらしい。あっけらかんのカー、といったところである。
 まったく、消費者の顔が想像力から欠落しているのだから、なんでも平気でできるということなのだろう。
 そのほか、紀伊半島もまわったが、どこでも以前とおなじように使っていた。行政が無利子の資金を貸し付け、金属網に替えさせることとひきかえに、TBTOを成分禁止にしないかぎり、こんな劇薬が養殖魚を経由して、消費者の体内に入る事態は、回避できない。あるいは原発の取水口と排水口にTBTOを使っているため、禁止処分が出せないのだろうか。
 コスト主義が必然的に健康を犠牲にするというこの国のシステムをこそ撃たねばならぬのだが、政治的な御都合主義によってわれわれの肉体が売りわたされるとなると、さらに腹立たしい。いくらも例があるが、たとえば、八八年三月から六月にかけて表面に出かかった、輸入ブタ肉の問題が典型である。
 まず、アメリカ産のブタ肉から、抗菌剤・スルファミシンが検出された。続いて、台湾産のブタ肉からも、おなじ結果が出た。こう書くと、厚生省はいつも検査に励んでいるようだが、とんでもない。いつもは野放しである。アメリカから何やらキナ臭い噂が伝わってきて、それでしぶしぶやってみたところ、予想どおり検出されたということなのである。スルファミジンは、サルファ剤の一種で、発ガン物質である。そして、両国のものをトップクラスにして、いま日本で消費されているブタ肉の三○%が輸入肉なのである。
 輸入禁止処分になったのは、いうまでもあるまい。ところが、問題はその先だ。すぐさまアメリカから、高官が飛んできた。そして、ひそかに農水省、厚生省に迫ったのである。いちいち安全性に目くじらを立てるのは、関税外障壁である、そんなことでは、日米の貿易をめぐるかねてのトラブルにも、どういう影響があるかもしれないと恫喝したらしい。
 行政はすぐ折れた。どういう結論になったか? 輸出する側が証明書をつけさえすればいい、ということになった。
 つまり、いっさい、検査しないということにしたのである。
 バカげた、そして許せない話ではないか。自国民の健康を損なう食品を、それとわかっていながらわざわざ見逃すなどという行政が、世界中のどこにあるというのか。発ガン物質、スルファミジンは、たまたまアメリカ産、台湾産ブタ肉から検出されたのではない。大阪大学の植村振作さんの分析調査によれば、生産体制の必然性だという。つまり、つねにふくまれている可能性があるということだ。それなのに現在、両国の汚染ブタ肉は、まったく検査されないまま、わたしたちの食卓にのぼろうとしている。行政は、政治と引き換えにわれわれの健康を売り渡したのである。
 日本はガン王国である。年間に二〇万人もの人々が、ガンで死んでいる。そこには、環境破壊の現状が端的に反映しているといえよう。このような事態を招いたのは、以下のような体制だ。
 官民一体となって、生産至上主義に狂奔している。薬剤メーカーの便宜にのみ行政の顔が向いていて、危険な農薬、抗菌剤を“成分禁止”にしない。流通を停滞させると、経済大国が崩壊するかのような脅迫観念に陥っているから、放射能食品などもフリーパスで輸入される。国内の食品検査なども、形式だけのものにしている。政治的な思惑だけを最優先させて、いかなる危険な事態が起こっても関知しない。
 そして、食=環境をめぐる行政犯罪の仕上げは、消費者に必要な情報の秘匿と、特定の大消費市場への押し付け消費にほかならない。後者は、たとえば社員食堂、弁当、給食業界である。
 給食には、歴史的にみて、ありとあらゆる危険な食品が出回った。いわばそこは、行政の矛盾と御都合主義を解消する、“食の捨て場”なのである。八七年の秋には、背曲がりハマチが学校給食に入っているのが発見されたが、かつてはかの臭素米も押しつけられたのである。
 わたしは、流通における、食品の大量一括消費システム自体を廃止すべきだと考える。つまり、弁当、食堂、給食への、中間的な専門流通にこそ、この問題の因がある。それにしても、給食の現状を批判する人々の間にも、ただちにもはや無意味となった給食などやめてしまえという声が聞かれないのは、どうしたことなのだろうか。

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