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2012年2月 3日 (金)

京谷六二 著
『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』
著者略歴&立読み版!

書名:『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』
価格:500円(税込)

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著者略歴
京谷六二(きょうや・むに)
1962年月生まれ。神奈川県横浜市出身。
専修大学文学部国文学科卒。
1985年、株式会社光文社入社に入社し、カッパ・ビジネス編集部に配属。以後2000年3月までカッパ・ビジネス、カッパ・ブックス編集部。
担当著者は、小室直樹、田原総一朗、小泉純一郎(『郵政省解体論』『官僚王国解体論』)、飯島勲(『永田町の掟』<講談社文庫『代議士秘書』の親本>)、徳大寺有恒、梶原一明、梁石日、永六輔、住井すゑ、辛叔玉、中野孝次、他多数。
2000年4月、週刊宝石編集部へ異動。
2001年2月、週刊宝石の休刊に伴って、再びカッパ・ブックス。
2002年10月、広告部へ異動。以後、2010年5月に早期退職に応募して退社するまで、FLASH、女性自身、バーサス(休刊)、Martなどの営業を担当。この間、マスメディア広告の衰退を現場で体験。
2011年7月、志木電子書籍を成立、代表取締役として活動中。

※なお、週刊宝石休刊の経緯は、ブログ「誰も通らない裏道」の「ドキュメント出版社シリーズ」に詳細を連載しました。
「ドキュメント出版社 その1」
 ⇒以下、「ドキュメント出版社シリーズ」をお読みいただく場合は、こちらをクリックして下にスクロールしてください。

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立読み版は「まえがき」、「北朝鮮よりタチの悪い会社」「あとがき」です。
PDFの立読み版の下に、テキストの立読み版もあります。
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立読み版_東京電力福島第一原発事故とマスメディア

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まえがき

 本書は、私が二〇〇六年から始めたブログ「誰も通らない裏道」の中から、原発問題とメディア問題について書いたエントリーをピックアップして電子書籍化したものである。
 目次を見ていただければ一目瞭然だが、私は反原発の立場にあり、またマスメディアのありようにも長らく疑問を持ってきた。
 私のブログの主張(=本書のテーマ)は突き詰めればただ一つ、「日本は民主主義とは真逆の、世界でもっとも優れた霞が関(官僚)中心の独裁国家であり、マスメディアもそのシステムに組み込まれている」という点にある。
 こう書くと荒唐無稽な主張のように思われるかもしれないが、二〇〇九年の衆議院選挙の五カ月前に起きた小沢一郎をめぐる“陸山会事件”にしても、今回の東京電力福島第一原発の事故にしても、その視点に立つと説明がつくと私は思っている(“陸山会事件”については、小沢一郎の秘書だった石川知裕衆議院議員、そして池田光智、大久保隆規の両元秘書の裁判において、検察側が証拠請求した被告の供述調書の大半が裁判所に却下されたため、もはや検察審査会の議決によって起訴された小沢一郎の公判も含めて、特捜部がでっち上げ、マスメディアが煽った事件の構図は完全に崩壊している)。
 だが、一方で私は一九八五年から二〇一〇年五月までの二十五年間にわたって株式会社光文社に勤務していた。つまり四マス(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の端くれの中にいたわけで、「お前も同じ穴の狢(むじな)じゃないか」と言われれば「おっしゃる通りです」と答えるしかない。ただ、言い訳をすれば、内部にいたからこそわかることも少なからずあったことは事実である。
 私の経歴については著者略歴に記したが、光文社入社後から十七年半は編集として、主に書籍のノンフィクション部門におり(ただしその間に十カ月だけ週刊誌の経験がある)、その後二〇〇二年から退職までは広告部で営業をやっていた。
 当時、編集、それも書籍から広告部への異動というのは非常に珍しく、おそらく私が初めてのケースだったと思う。それだけに、当初は相当に戸惑ったものだったが、慣れてくるとこれが意外にも自分には向いていた。それは基本的に私が外向きの人間だったからなのだが、この仕事をやって何よりも良かったのは、それまでまったく知る機会がなかった広告(これこそはマスメディアの巨大な収入源である)の仕組みをリアルな形で知ることができたことだった。
 私のブログは広告営業になってから始めたものだが、今読み返してみてもこの経験なくしては書けなかったことが少なからずある。
 メディアと企業が広告を通じていかに結びついているかは、東京電力福島第一原子力発電所の破局事故を考える際の重要なテーマであると私は思う。

 さて、とはいえ素人の書いたブログを書籍化したものなので、読み苦しい点も多々ある。都度都度で書いているため、内容に多少の重複があることと合わせてご容赦いただきたい。
 本書は東日本大震災の直前までに書いたものを「第一部」とした。各エントリーの最初にはブログアップ時の日付を入れ、各項の最後には新たに「追記」を入れている。これを見ると、原発問題については二〇〇八年までが多く、その後は減っている。
 その理由は二〇〇九年以降、ブログの力点がどうしても小沢一郎をめぐる“陸山会問題”、衆議院選挙、政権交代、その後に続く民主党の迷走に移ってしまったからだが、この間も原発についてはずっと危惧してきた。また、小沢問題、検察問題などのトピックと今回の原発事故とは根底のところでつながっていると私は思っている。
 本書の構成に話を戻すと、『私の「3・11」』は書き下ろし、さらに第二部として大震災以降のエントリーをできる限り掲載した。
 事態は現在も刻々と進行しており、いつ、いかなる形で収束するのかさえわからない(間違いなく私の生きているうちに収束することはない)。したがって、今後もブログは書き続けていくことになるが、まずはここまでにまとめたものをご一読いただき、ご感想、ご批判をいただければ幸いだ。

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  目 次

まえがき

第一部 「3・11」以前
 盗まれた都市
 小泉靖国参拝で脳裏に浮上した天下の暴論
 薄気味悪い気分になるニュース――結果的に北朝鮮問題
 北朝鮮についての続き
 原発は高い
 問題は最初にタイトルをたてる立てること
 予定調和国家
 すべては予見されていた
 北朝鮮よりタチの悪い会社
 二つの島国
 世界の独裁者が憧れる国
 柏崎原発――想定内の事故
 原発事故とオール電化住宅
 燃料電池と原子力発電
 こういう記事に引っかかる
 真っ当でない連中と真っ当な方
 広告で雑誌のお里が知れる?
 餃子と市場原理主義
 フィデル・カストロの価値
 亡国の官僚たち
 大マスコミが報じない政局
 鳩山邦夫の死刑執行には官僚独裁のエッセンスがつまっている
 理解の範疇外
 コメンテーターが作り出す「空気」
 新聞の政治面は究極のタイアップ広告
 わずか十一行の記事で民主のアホ議員(枝野幸男)に呆れてムカついた
 日本の「人間(じんかん)」は影だらけ
 島耕作と麻生太郎-「週刊朝日」の惨状
 「週刊朝日」、島耕作のダメっぷりと「SPA!」の健闘
 これが「自民党=ニッポン」クオリティ
 “電池の時代”が暴く原子力産業の暗闇
 ピーコの疑問と世論操作
 もっと重要なニュースがたくさんあるだろっ!
 不敬企業、不敬メディア
 地震の際の原発関連ニュースは発表ジャーナリズムの典型である
 東海地震と浜岡原発関連~溝上教授のコメント
 河野太郎を少し見直した件とある環境問題
 マスメディアこそが虚業だった
 今がその時
 広告不況がもたらすマスメディアのもう一つの劣化
 原発広告とメディアの関係

私の「3・11」

第二部 「3・11」以後

 圧倒的少数派
 マスメディア総崩れの中で
 稼働中の原発はすべて止めるべきである
 平成の「神聖喜劇」は世界を巻き込み始めている
 サッカー日本代表は、南米選手権に出場するべきだ
 神頼み国家になった日本
 戦争と原発事故の違い
 不景気、大震災、原発事故 ~ 若者たちを襲う困難をどうすべきか?
 東京電力とメディアが事故後の広告料金を開示しなければならない理由
 浜岡原発の停止要請は当たり前のことがやっと一つ実行されただけ
 そもそも原発を運転する資格すらなかった会社が事故処理などできるわけがない
 原発の是非は、小学生以上、四十歳以下の人たちに問うべきだ
 原発問題を動かすことができるのは女性の力
 東電はもはや本気で事態を収束させるつもりはない
 十万円訴訟でわかった東京電力の恐るべき本音
 「最小賠償企業」を目指す東京電力の目論みは成功するか?
 今、声を上げなければ国民も政府と同罪になる
 東京電力に破防法適用を!
 日本が真の民主主義国家になるための条件
 霞が関独裁帝国が崩壊する時
 前代未聞の核災害を“食”から考える
 東電の責任追及はテロとの闘いである
 原子力推進派にデモクラシーマインドはない
 菅直人の脱原発宣言を疑う
 これから首都圏に家を買うのはおやめなさい

あとがき
著者略歴
「志木電子書籍」誕生のことば

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北朝鮮よりタチの悪い会社 (2007.04.05)

 昨日の日経朝刊社会面に次のような記事が出ていた。

福島第一原発 放射能汚染 測定ミス
警報鳴らす設定 100倍緩く

 東京電力は三日、福島第一原子力発電所(福島県)で、作業員の放射能汚染量を調べる計測器の一つに設定ミスがあり、基準値を超える汚染レベルを検出しても警報が鳴らない状態だったと発表した。本来の設定値より百倍緩く設定していた。放射能汚染の管理について定めた保安規定に抵触していると判断し、経済産業省原子力安全・保安院に報告した。
 作業員の被曝(ひばく)はなかったという。今後、原因を調査する。
 東電によると、三月三十一日、福島第一原発5号機の圧力抑制プール水貯蔵タンクのポンブ室内に設置した放射線計測器の点検中に、計測器の設定値が誤っていることを作業員が見つけた。
 計測器はポンプ室から作業員が出る時に身体や衣服に付着した放射能を調べるための装置。設定値を超える汚染を検出した場合、警報が鳴る仕組みだが、設定値が規定の百倍だったため、警報が鳴るべき値を見逃した可能性があるという。いつから設定値が誤った状態になっていたかは、分からないという。

 わずか四十行程度であったが、驚くべき内容である(と私は思う)。
 もう少し詳しいことが知りたいが日経ではこれが限界なのか。そう思って出社してから朝日、読売、毎日をザッと眺めてみたが、このことに関する記事はない。これは一昨日の夕刊で日経が特オチしたものなのかナと思い、三紙の夕刊を見てみたがやはり見つけられなかった――。
 つまり日経だけが書いたようなのである。
 それにしても不思議な記事だ。「放射能を検出する測定器の設定が基準の百倍」で、しかも「警報が鳴るべき値を見逃していた可能性」があり、「いつから誤った状態になっていたか分からない」にもかかわらず、「作業員の被曝はなかった」というのである。
 もちろん原発で働く下請け、孫請け、そのまた下請けの労働者が過酷な労働環境下で多量の放射能を浴びながら作業をしていることは、原発に少しでも関心がある人にとっては知られた事実だ。実際問題として測定器が正確に動いてしまったら、およそ作業らしい作業をする時間もないまま引き返して来なければならないという。つまりこの問題も現場では常識的なことで、それを今まで隠蔽してきたに過ぎない可能性が高い。その結果原発の現場では被曝した労働者を多数生み出してきたにもかかわらず、これが公になることはほとんどなかった。
 電力会社というのは表向きは超優良企業である。にもかかわらず実際はきわめて差別的な構造に根ざしており、下請け業者に過酷な労働をさせておいて徹底的な情報統制をする。これは社会構造として見るならば多くの日本人が大嫌いな北朝鮮とまったく同じだ。あるいはいくつかの宗教団体とも。
 しかし私は北朝鮮やいくつかの宗教団体よりも電力会社のやっていることの方がタチが悪いと思う。なぜならば、もし原発が破局的な事故を起こした場合、日本という国そのものが滅亡する可能性がきわめて高いからだ。そのような会社のトップだった人間に与えた勲章などというものはすべて今上天皇の名において剥奪(はくだつ)すべきである。

※追記
 今、福島第一原発では、作業員の方々が命がけで作業をしている。もちろんその中には東京電力の社員もいるが、少なからぬ下請け労働者が働いていることは事実だ。いったい彼らの健康に関する責任は誰が取るのだろうか?
 私は思うのだが、はっきり言って日本の命運、いや世界の命運さえもが、この現場で過酷な作業をしている方々にかかっている。だとしたら、たとえ下請け、孫請けだとしても東京電力、あるいは政府が彼らの健康に関するチェックをきちんとやり、健康被害が起きた場合については一生の面倒を見るべきではないだろうか。少なくとも、許容された被曝線量(これ自体の基準引き下げも大問題だが)を越えた労働者がポイ捨てされるようなことがあっては断じてならない。

**********
あとがき

 昨年五月、光文社を退職するにあたっては、次の仕事の予定は何もなかった。
 退社後、最初は有田芳生さんの参議院選挙を手伝っていたが、それが終わると「さて、どうしたものか……」とハタと困ってしまった。
 出版業は明らかに斜陽産業に思えたから会社を辞めたのであって、もう一度そこへ戻るつもりは当初はなく、できればソーシャルメディアを有効に利用して、NPOを立ち上げられないかなどと考えていた。
 ところが縁あって、秋口からボチボチと電子書籍の仕事にかかわるようになった。
 電子書籍については、出版社によって相当に温度差がある。積極的な会社もあれば、反対に非常に懐疑的な会社も多い(光文社は後者だった)。もちろん、懐疑的になる気持ちは十分にわかる。なにしろ、これまで電子書籍というのは、掛け声ばかりでなかなか本格的に普及しなかったのは事実なのだ。
 しかし、パソコン通信の時代からネットワークに接してきた私の感覚として、昨年からの電子書籍の流れは、これまでのように一過性で終わるものではないのではないかと思うようになった。
 もしそうだとしたら、これまでの編集や広告の経験を生かせる可能性がある。そう考えて本格的に電子書籍をやろうと決意した直後の三月十一日にあの東日本大震災が起き、東京電力福島第一原発が破局的な事故を起こした。
 これは大変な事態なのだが、しかし一方で、いよいよ流れは電子書籍の方向へ行くのではないかと強く思うようになった。
 その時、思い立ったのは、「だったらまずは自分の電子書籍を自分で作ってみよう」ということだった。幸いにも私は比較的長く原子力発電について考えてきて、それに対するブログのエントリーが結構な数になっている。それをまとめると、そこそこの量になりそうだった。そこで、ブログからテキストを抜き出し、自分でタグを打ってデータを作ったのが本書である。
 で、そう思いついてから、しかし制作に意外に時間がかかってしまったのは、私が怠惰な人間だからだ(この間、妻からは「早く出せ」とせっつかれた)。だが、結果的には、それによって大震災後の状況も入れ込むことが可能になったのは良かったとも思う。
 本書がどれほどの人の目に触れるのかはわからない。だが、これから自分のブログやツイッター、フェイスブックなどでこの電子書籍の存在を頑張って伝えてみようと考えている。
 世の中はマスの時代から個々の発信がソーシャルに結びつく時代に否応なく突入している。おそらく、今回の大震災と原発事故で、それはさらに加速するだろう。その可能性を信じてみたいと思う。

 それにしても、このような形の電子書籍であるとはいえ、自分の著書を作ることができたのは、編集者としてのそこそこの経験があったからである。その意味で、私の光文社入社時の直属の上司、というよりも師匠であり、私にカッパ・ブックスのノウハウを叩き込んでくれたK氏、そして私をパソコン、ネットワークの世界に引き込んでくれた当時の同僚で先輩のF氏、後輩のS氏に心から御礼を申し上げたい。この三人がいなければ、本書はできなかった。
 それ以外にも御礼を言わなければならない方々はたくさんいる。
 光文社広告局のかつての同僚のみなさん、私を電子書籍の仕事に導いてくれた元光文社で一緒に退社したH氏、さらに電子書籍の制作を一から教えてくれた有限会社ワイズネットのみなさん、本当にありがとうございました。
 また、私の拙いブログを評価していただいた作家で衆議院議員の田中康夫氏にも心からの感謝と御礼を申し上げなければならない。怠惰な私がブログを細々とではあるが継続できたのは、尊敬する田中氏から望外の評価をいただいたからに他ならない。

 最後に――。
 私が光文社に入社して最初に担当したのは小室直樹先生であった。天才学者と駆け出しの編集者との間にはずいぶんドタバタ劇があり、結果、先生にご迷惑をおかけしたことも多々あったが(お世話をしたことも多々あった)、しかし担当としてお付き合いさせていただいた十年間は非常に充実したものだった。
 その小室先生は昨年九月に逝去された。それから半年後、東日本大震災が起きたわけだが、会津ご出身の小室先生がご存命であったら、今回の大震災とそれに続く福島第一原発の破局事故についていかなる分析をされたか。それを伺うことができないのが残念でならない。
 本書を締めくくるにあたり、故・小室直樹先生のご冥福を心よりお祈りいたします。

二〇一一年七月二十六日

京谷六二

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